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エスタディオ・ヘネラル・パブロ・ロハス 

Estadio General Pablo Rojas
あだ名

La Olla(鍋)La Olla Azulgrana(青臙脂鍋), La Olla Monumental(鍋標), La Nueva Olla(新)

所在地 Bandera de Paraguay アスンシオン, パラグアイ
地点 25°18′00″S 57°38′15″O 座標: 25°18′00″S 57°38′15″O (地図)
オーナー Escudo del Club Cerro Porteño.png クルブ・セロ・ポルテーニョ
天然芝
寸法 105 × 70 m
収容人数 45,000人
映像装置 8 x 4 m LEDスクリーン1機
開場 1970年5月24日 (49歳)
再開場 1999年, 2017年
ホームチーム
Escudo del Club Cerro Porteño.png クルブ・セロ・ポルテーニョ
イベント
コパ・アメリカ1999
トルネオ・スブ-20・インテグラシオン・ラティノアメリカーナ
スダメリカーノ・デ・ラグビー1985
ベアチフィカシオン・デ・チキトゥンガ
決勝会場 コパ・スダメリカーナ2019

エスタディオ・ヘネラル・パブロ・ロハス、通称「新鍋」はパラグアイの首都アスンシオン南西部のオブレロ=インテンデンテ・ブルーノ・グッギアリ区のサッカースタジアム。クルブ・セロ・ポルテーニョが所有している。開場は1970年5月24日、総工費は約1,500万US$。

別名「鍋」「紺と臙脂の鍋」「新鍋」とも呼ばれている。現時点での最後のリニューアルオープンは2017年8月19日。名称はCCPの会長を1959年から1971年まで務めた軍人のパブロ・ロハス将軍にちなんだもの。将軍はクラブ関連施設の拡充に大きな功績があった。1999年にパラグアイで開催されたコパ・アメリカで1試合だけ使用されている。ウェブサイト「StadiumDB」はヘネラル・パブロ・ロハスを2017年の世界最優秀スタジアムに選出した。

また2018年6月23日にはカトリックの儀式「マリア・フェリーシア・デ・ヘスス・サクラメンタード」(秘跡を受けたイエス・キリストの幸福聖母)、通称「チキトゥンガ」が開催された。

歴史

セクトール・ノルテのセロ・ポルテーニョのインチャ達。コパ・リベルタドーレスの試合

スタジアム建設以前からの土地保有

セロ・ポルテーニョはクラブ創設当時からアスンシオン南西部のカピージャ・サン・フアン地区にクラブハウスと練習場を置いていた。1924年、国家が管理していたテルセーラ・ポロジェクターダ・イ・タクアリー(現在は国立永遠救済聖母教会が建っている場所)を賃貸してスタジアム建設を開始し、1927年7月1日に開場した。
後になって、CCPは他の首都のクラブと同じように有名な「キンタ・エスコバル」も主催試合に併用するようになった。1936年9月27日に学者・ジャーナリストでありCCPの名会長でもあったアドリアン・イラーラの名前を冠した、「エスタディオ・アドリアン・イラーラ」が大幅増資によって完成し、オリンピアとの試合から使用が始まった。この試合でアドリアン・イラーラでの最初の得点者となったのは、元会長の子息であるアドリアーノ・イラーラ・ブルゴス選手だった。
スタジアム建設にあたっては、チャコ戦争(同時期リーガ・パラグアージャは完全に中断されていた)で捕虜となった多数のボリビア軍兵が改修工事に強制動員された。アドリアン・イラーラはパラグアイ国内で初の夜間照明設備を持ったスタジアムでもあった。1951年に改修工事は完了し、南スタンドがセメント製となった。同年中にセロ・ポルテーニョとリベルターの試合(2-2の引き分け)から再開場した。

旧オジャ・アスルグラナの上層部スタンド
この旧スタジアムは2015年までキンタ通りに保有していた小サッカーグラウンドと合わせて、「小さな鍋」(ラ・オジータ)と名付けられた。現在はもっぱら下部組織専用の施設としてラ・オジャ同様に近代化改修を受けている。

ラ・オジャの一時閉鎖

2009年のリベルター戦でのラ・オジャ。改修前最後の試合
長年にわたり、CCPのクラブ役員はこのスタジアムのスポーツ環境をより近代的にするために大規模改修工事が必要で、そのためには一時閉鎖もやむを得ないと考えていた。だが改修に必要な額が大きく、それを調達するためには、場合によってはソシオでない外部の人間にさえ土地の所有権やクラブの株式を分割せざるを得ない恐れもあったのだが、これは忌避された。

プラテア・インヘニエロ・フアン・H・ペッテンヒル

構想だけが先行し実行に移すだけの資金が集まらないまま月日が流れていった。その後、「エンジニア」ことルイス・アルベルト・ペッテンヒル・バッカ会長の時代(2003-2009)に彼は土地所有権と資金集めを妥協させる策を練りだした。「ペッテンヒル・バッカ家基金」を設立し、非ソシオからの寄付を受け入れる窓口とすることで外部資本の流入に制限を設けたのである基金の名前は1980年代にCCPの会長を務めた彼の父親(フアン・H・ペッテンヒル、1982-1984)の名前にちなんだもので、父もまたヘネラル・パブロ・ロハスの改修計画に関して深く関与した重要人物の1人に数えられている。
2009年12月15日にCCPはノナ・プロジェクターダ・イ・パラピティー通りに面するセクトール・スルエステに、ペッテンヒル元会長の名を取って「インヘニエロ・フアン・H・ペッテンヒル」と名付けられた、新たな座席化ブロックを完成させた。また他にも現会長サパーグ、フアン・アンヘル・ナポウ元会長(1989-1990)、アレハンドロ・ドミンゲス元副会長などパラグアイサッカー協会役員経験のある人物が完成式典に出席し、ベッテンヒルの未亡人ビルヒニア・バッカ、ラファエル・タナシオ神父らからも短い祝辞が述べられた。
同セクターは910人を収容可能で、アウェイチームのVIP級関係者10名を招待する10席の特別パルコ席を含んでいる。

LEDスクリーン

2014年2月26日から8×4サイズのLED大型映像装置が備え付けられた。パラグアイでは初の試みで、グラデリアス・ノルテに設置されている。同年のコパ・リベルタドーレスでのセロ・ポルテーニョ対CAラヌース戦から使用が開始された。​

拡張

2017年8月19日のラ・ヌエバ・オジャのこけら落とし
2015年6月18日、「ヌエバ・オジャ・アスルグラナ」の改修工事がスタートした。計画では収容人数を37,000人まで拡張する予定だったが、後に会長に就任したフアン・ホセ・サパーグによって更に大規模なものへと変更された。まず「アドリアン・イラーラ」スタンドの取り壊しが行われ、グラデリアス・ノルテに2階席を増設。最前列の高さをよりピッチレベルに数近く調整し、近代的なデザインの新たなパルコ席の設置も施され、総工費は500万-600万US$に達した。この額を満たすため既存のパルコ席80を売りに出した。
2016年7月29日に途中経過が報告され、全面座席化された2階スタンドとグラデリアス・スルの改修が完了しつつあることが分かった。サパーグ会長は最終的な収容人数は45,000人に達するであろうと発言した。
現時点におけるヌエバ・オジャ・アスルグラナの再開場は、2017年8月19日土曜日。リニューアルオープンを祝うセレモニーが催され、多数のインチャ、ソシオ、アーティストたちが参加した大規模なものとなった。その後CCPとCAボカ・ジュニオルスの親善試合が行われボカが1-2で勝った。最初の公式戦はコパ・スダメリカーナ2017の決勝トーナメント1回戦のCCPとジュニオール・デ・バランキージャの試合(2017年9月12日)だった。

コパ・アメリカ1999

グループC

01/07/1999 ウルグアイ Bandera de Uruguay 0:1 (0:1) Bandera de Colombia コロンビア エスタディオ・ヘネラル・パブロ・ロハス, アスンシオン  
ビクトル・ボニージャ Anotado en el minuto 6 6' 観衆: 28,000人
主審: ウィルソン・ジ・ソウザ (ブラジル)

 

ラ・ヌエバ・オジャ (新鍋)


セクトール・デ・プレフェレンシアス(上層席)からのパノラマ写真

新たなヘネラル・パブロ・ロハスは1ブロック当たり9人が座れる80のパルコ席スペースと、18人収容のピッチレベルのパルコ席13個が設置された。4つの照明塔にはフィリップス社製の最大光度1,200ルクスのレーザー光線照射機能が追加され、様々なライトアップ演出が可能となった。
以下の全エリアで合計45,000人が収容可能。
  • Gradería Norte Baja
  • Gradería Norte Alta
  • Gradería Novena Baja
  • Gradería Novena Alta
  • Platea Baja
  • Platea Alta
  • Platea Visitante Alta
  • Platea "Pettengill" Baja
  • Preferencia lateral Norte
  • Preferencia lateral Sur
  • Preferencia central (vip)

コンサート

▪ 2019年: ダディー・ヤンキー - 「カルマ・ツアー」

「鍋」と呼ばれている理由を映像で確認

情報源

  1. La Nueva Olla se inaugurará en agosto - Goal
  2. Luis Irala (10 de mayo de 2010). ABC Color, ed. «La Olla cumple 40 años».
  3. ABC Color, ed. (9 de agosto de 2017). «Más monumental que nunca». Consultado el 17 de diciembre de 2017.
  4. ABC Color, ed. (5 de julio de 2016). «Una Olla monumental». Consultado el 28 de octubre de 2016.
  5. Hoy, ed. (29 de julio de 2016). «Presentan ampliación de la ‘Nueva Olla’». Consultado el 28 de octubre de 2016.
  6. La Nación, ed. (8 de febrero de 2017). «“La nueva Olla” en números». Consultado el 9 de febrero de 2017.
  7. «El Mejor Estadio del Mundo 2018 es La Nueva Olla Azulgrana, Estadio General Pablo Rojas | Webzine DX»Webzine DX. 5 de marzo de 2018. Consultado el 8 de marzo de 2018.
  8. Última Hora, ed. (16 de diciembre de 2009). «Sueño cumplido: Ahora sí, es una "Olla Azulgrana"». Consultado el 11 de mayo de 2010.
  9. ABC Color, ed. (16 de diciembre de 2009). «Inauguración de Plateas y despedida». Consultado el 11 de mayo de 2010.
  10. ABC Color, ed. (26 de febrero de 2014). «La olla azulgrana esta lista para la fiesta copera con pantalla led a estrenar». Consultado el 25 de mayo de 2014.
  11. La Nación, ed. (8 de febrero de 2017). «La Nueva Olla en números». Consultado el 6 de diciembre de 2017.
  12. La Nación, ed. (8 de febrero de 2017). «La Nueva Olla en números». Consultado el 6 de diciembre de 2017.

翻訳元最終更新履歴:
es.wikipedia:Estadio General Pablo Rojas 21:16 26 sep 2019 (UTC)
ar.wikipedia:ملعب الجنرال بابلو روخاس 04:27، 25 يونيو 2019‏ (UTC)
bg.wikipdia:Естадио Генерал Пабло Рохас 03:34, 27 февруари 2019 (UTC)
ca.wikipedia:Estadi General Pablo Rojas 11:08, 18 ago 2019 (UTC)
da.wikipedia:Estadio General Pablo Rojas 19. sep 2017, 14:10 (UTC)
de.wikipedia:Estadio General Pablo Rojas 22:04, 23. Sep. 2019‎ (UTC)
en.wikipedia:Estadio General Pablo Rojas 22:16, 21 September 2019 (UTC)
fr.wikipedia:Stade Général Pablo Rojas  21 juillet 2019 à 06:29‎ (UTC)
it.wikipedia:Stadio General Pablo Rojas 19:04, 2 set 2019 (UTC)
lt.wikipedia:Generolo Pablo Rochaso stadionas 13:28, 21 birželio 2018 (UTC)
nl.wikipedia:Estadio General Pablo Rojas 2 jan 2018 16:10 (UTC)
no.wikipedia:Estadio General Pablo Rojas 30. okt. 2018 kl. 15:47 (UTC)
pt.wikipedia:Estádio General Pablo Rojas 12h32min de 27 de agosto de 2019‎ (UTC)
ru.wikipedia:Генерал Пабло Рохас (стадион) 16:35, 3 августа 2018 (UTC)

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